現地の声:お伝えしたいこんな魅力
2026.2
【シリーズ】バングラデシュ(第2回)
脱炭素という巨大市場
― 「緩和策」は成長のドライバー ―ⅰ

序章:「排出なき気候変動脆弱国」
前回ⅱの総論に続き、本稿ではバングラデシュにおける気候変動対策の二柱(緩和および適応)のうちの一柱、「緩和(Mitigation)」、すなわち脱炭素化に焦点を当てる。
この議論には、ある種の「不都合な真実」が横たわる。バングラデシュが排出する温室効果ガス(GHG)は、世界全体の0.5%未満に過ぎないⅲ 。一方で、気候変動の影響を最も深刻に受ける「脆弱国」の最前線に立たされている。為政者たちがこれを「とんでもなく不公平だ」と捉えるのは、当然の感情だろう。
しかし、彼らは不平を口にするだけで座してはいない。国際社会の一員として、2021年に野心的な「国が決定する貢献(NDC)」を国連に提出。さらに2025年9月末には、COP30を見据え、最新の「NDC3.0」を提出した。
彼らが「緩和」に取り組む理由は、国際的な公約のためだけではない。もっと切実な、国内の成長の足枷(あしかせ)を外すためなのだ。その足枷とは、第一に「今後増大一択の輸入エネルギー依存」、第二が、他の途上国と比較しても著しく低い歳入(=公共投資財源)である。
エネルギー大消費国化と「Just Transition」ⅳ
バングラデシュの経済成長に伴うエネルギー需要は急伸している。バングラデシュはかつて2000年代初頭まで、「豊富な国産天然ガス」で需要を賄えていた。しかし長年のガスセクターにおけるガバナンスの不全と開発の遅れが響き、国産ガス生産量は衰退の一途。代わりに非常に高価な液化天然ガス(LNG)の輸入と、高価でかつGHG排出係数も高い輸入石油への依存が2010年代から急増している(下図参照)。この結果、バングラデシュはエネルギー純輸入国に転じ、経済成長を続けるためには、高価な輸入エネルギーへの依存増加が避けられない体質になってきた。
このエネルギー構造の転換は、エネルギー価格高により産業や家計部門の足を引っ張るだけでない。途上国にはよくある化石燃料への補助金をバングラも長年続けているため、国家財政への影響も甚大だ。国際通貨基金(IMF)からも、高額な輸入石油製品の価格上昇に見合う国内向け補助金を削減するよう強く指摘されている。

(International Energy Agency提供データより筆者編集)
もちろん脱炭素の観点からも、エネルギーは最重要セクターである。前述のNDC 3.0では、条件付きGHG削減目標の約8割をエネルギーセクターが担っている(下表参照)。

(出典:Bangladesh NDC 3.0より筆者編集)
注:BAU=Business As Usualの意
エネルギーは、経済社会の発展には不可欠なものだ。電気も燃料がなければ作れない(残念ながら、太陽光や風力はエネルギー密度が低く、それだけではバングラデシュ社会が必要な電力量を供給できない)。More Energy, Less Carbonというのは、世界の誰もが願う状態である。一方で、バングラデシュのような途上国にとって、これは一筋縄ではいかない。
ここで避けて通れないのが、「公正な移行(Just Transition)」という視点だ。エネルギー価格の適正化(穏やかな上昇)や、国家財政を圧迫する巨額補助金の撤廃は、企業に省エネ投資や生産性向上を促し、長期的には持続可能な経済成長に不可欠の施策である。しかし、その副作用は中小零細企業や低所得者層の生活を直撃する。脱炭素や財政健全化という「正義」の名の下で、最も脆弱な人びとが置き去りにされてはならない。彼らへの社会的保護をどう確保しつつ、クリーンで安価なエネルギーへのアクセスを保障するか。日本の技術でクリーン・エネルギーを良心的なコストで提供することは、単なるビジネスを超えた、社会の安定に寄与する重要な貢献となるはずだ。
驚きの対GDP租税比率
ここで冒頭のもうひとつの「成長の足枷」に話を戻そう。
バングラデシュの租税比率は、GDPのわずか7~8%ほどに過ぎない。これは日本はじめ他の先進国はもとより、同じ南アジアのインドと比べても非常に低いことが下表から見て取れる。

(出典:IMF World Economic Outlook Database April 2025を元に筆者集計)
この数字の意味するところは何か。つまりバングラデシュは、政府にお金がないのである。このわずかな税収から、堤防・護岸などの治水インフラも(次回で詳しく触れる)、教育も保健も農業も化石燃料への補助金(化石燃料の価格上昇分を埋め合わせるためのもの)も賄わなければならないのだ。ない袖は振れない。バングラデシュの気候変動対応の方針は明確だ。
「民間でやれることは、民間にやってもらう」である。
JCM、「バングラデシュ脱炭素の切り札」となるか?
そこでバングラデシュ官民から大きな注目と期待を集めているのが、日本独自の制度である「二国間クレジット制度(Joint Crediting Mechanism: JCM)」だ。JCMは、日本の優れた脱炭素技術を導入し、その削減効果を「クレジット」として分け合う。さらに、日本側からの初期投資支援(設備補助)が得られるこのスキームは、資金不足にあえぐバングラデシュにとって、まさに渡りに船の「切り札」なのである。
では、具体的にどのような分野がJCMのターゲットとなるのか。有望な3つの領域を紹介する。
1. 都市のゴミをエネルギーに変える「廃棄物発電(WtE)」
ダッカなどの都市部では、毎日数千トンのゴミが未処理のまま野積みされている。この「負の遺産」をエネルギーに変える廃棄物発電(WtE)は、電力不足とゴミ問題を一挙に解決する策として、政府の期待が極めて高い。 重要なのは、WtEは発電プラントという「点」のビジネスチャンスであると同時に、廃棄物行政全体という「面」の市場が立ち上がることを意味することだ。
![]() |
|---|
ダッカ中心部、高級住宅地エリアの裏通り。 |
![]() |
|---|
今にも崩れそうな、野積みされたゴミ山 |
バングラデシュの廃棄物は水分量が多く、熱量が低い。効率的な発電を実現するには、その前段階としての「適切な廃棄物分別」が不可欠となる。廃棄物の収集運搬システムの構築、リサイクル可能な資源を選別する「3R(リデュース、リユース、リサイクル)」の導入、そして最終処分場の適正管理。これら一連のシステムを「パッケージ」として提供できることこそ、日本の最大の強みである。チョットグラム市では日本のJFEエンジニアリングと八千代エンジニヤリングが、統合型廃棄物処理施設のFS(実現可能性調査)を実施している。
2. コスト削減の即効薬「省エネルギー」
「省エネ」は、最もコストが安く、最も早く効果が出る「即効薬」だ。電力多消費型の産業、特にこの国の経済を牽引する繊維(RMG)産業や、鉄鋼、セメントといった基幹産業では、いまだ多くの旧式の機械が稼働し、エネルギー管理の概念自体が希薄な工場も少なくない。ここに日本の高効率ボイラー、インバータ制御、生産ラインのエネルギー最適化ソリューションを導入するだけで、劇的な効率改善が見込める。
さらに建設ラッシュが続く都市部のビル群。ダッカのスカイラインは日々変貌しているが、その多くは断熱性能や空調効率が考慮されていない「エネルギー垂れ流し」の建物だ。今後、中間層の拡大に伴いエアコン需要が爆発的に増加することは確実であり、電力需要をさらに逼迫させるだろう。だからこそ今、「省エネビル(グリーンビルディング)」の需要が生まれつつある。高効率の空調(HVAC)システム、高性能な断熱材、そしてビル全体のエネルギー使用を最適化するBEMS(ビルエネルギー管理システム)。これらはすべて、日本企業が世界に誇る技術分野である。これらは導入したその日から燃料費を削減できる「即効薬」だ。初期投資の壁さえJCMで乗り越えれば、経済合理性は極めて高い。
3. 農業国の隠し玉「AWD(間断灌漑)」
意外な伏兵として注目されるのが農業分野だ。バングラデシュの主食であるコメの栽培(水田)からは、強力な温室効果ガスであるメタンⅶが大量に発生している。ここで期待されるのがAWD(Alternate Wetting and Drying:間断灌漑)という技術だ。田んぼの水を定期的に抜いて土を乾かすことで、メタン発生菌の活動を抑え、排出量を大幅に削減できる。同時に水の使用量も減らせるため、灌漑用ポンプの燃料代も節約できる。農業国バングラデシュならではの、巨大なポテンシャルを秘めたJCM案件候補だ。
Just Transitionと「農村の課題」
ここで、冒頭のJust Transitionに再度戻る。
JCMは強力なツールだが、万能ではない。大規模な削減効果が見込める産業や都市インフラには向くが、もっとミクロな、しかし人々の命に関わる課題には手が届きにくい。
それが、農村部の「固形バイオマス燃料と健康被害」の問題だⅷ。
![]() |
|---|
農村で牛糞燃料を作る女性たち |
![]() |
|---|
天日干し中の牛糞燃料 |
バングラデシュの農村では、多くの女性たちが、牛糞や薪を燃やして煮炊きをしており、固形バイオマス利用人口はいまだ国民の約7割に上る。一見、牧歌的な風景だが、その実態は過酷だ。これらの固形燃料は、不完全燃焼により大量のPM2.5や一酸化炭素を撒き散らす。
ある調査では、農村部の女性が日常的に吸い込むPM2.5の量は、WHO基準の約10倍、調理のピーク時には60倍以上に達するというデータもあるⅸ。これはもはや「空気」ではなく「毒」を吸っているに等しい。実際、「家庭内の空気汚染(Household Air Pollution)」は、バングラデシュにおいて年間20万人以上もの命を奪っているという調査すらあるのだⅹ。
煙が充満する屋内での調理は、女性や子供の呼吸器に深刻なダメージを与える。燃料集めの重労働は女性の時間を奪い続けている。ここは、JCMのような「炭素削減量」の多寡を競うビジネスモデルだけでは解決が難しい。しかし、ここには「公正な移行(Just Transition)」という、誰一人取り残さない脱炭素社会への転換が求められている。
安価で高効率なクッキングストーブ、あるいは家畜の糞尿を利用した小型バイオガス設備。こうしたニッチな適正技術(Appropriate Technology)こそが、農村のお母さんたちを煙と重労働から解放する。 かつて「BOPビジネス」として注目された領域だが、SDGsが浸透した今でも、その重要性は減っていない。むしろ輸入燃料増加による燃料高騰が現実のものとなっている今こそ、こうした「草の根」の課題解決の重要性は増している。ここでJICA関係者としての本音を言えば、我々行政サイドだけでは、この課題に対する具体的な「解」を持ち合わせていない。技術を持ち、持続可能なビジネスモデルを描けるのは、民間企業の皆様だけだ。 だからこそ、あえてお願いしたい。「どうか、皆様の知恵を貸してほしい」。 JICAには、皆様の挑戦を支えるための「民間連携事業」という枠組がある。現地への着地をサポートする準備はある。現場は、皆様からの提案を心から待っているのだ。
結論:日本の技術で「バングラデシュの未来を共に創る」
「国家財政の限界」を突破するJCMを活用した巨大なインフラ市場。 そして、「農村の生活」を改善するニッチだが崇高な市場。
バングラデシュの「緩和」分野には、この二つの全く異なるレイヤーの機会が広がっている。 「課題先進国」であるこの国は、日本の技術がその真価を発揮できる最高の舞台だ。増大するエネルギー需要と戦う政府のパートナーになるか、農村の女性たちの暮らしを支えるパートナーになるか。入口は違えど、そのどちらもが、この国の未来を創る不可欠なピースなのである。
(本稿は個人の見解に基づくものであり、所属組織を代表するものではありません)
![]() |
|---|
|
執筆者紹介 JICA専門家(開発・気候変動レジリエンス政策アドバイザー) 米国会計系コンサルティング会社勤務後、2006年より旧国際協力銀行(JBIC)にて勤務。JICAケニア事務所、JICAバングラデシュ事務所、JICAコンサルタント、環境省地球環境局等を経て、2024年12月より現職。 |
|---|
マクロ情報:バングラデシュ (2022年)
| GDP(百万米ドル) | 460,201 |
|---|---|
| 人口(百万人) | 169 |
| 1人あたりGDP | 2,731 |
- 本資料はJPRSIが信頼に足ると判断した情報に基づいて作成されていますが、その正確性・確実性を保証するものではありません。
- 本資料に従って決断した行為に起因する利害得失はその行為者自身に帰するもので、JPRSIは何らの責任を負うものではありません。
- 本資料へのリンクは自由です。それ以外の方法で本資料の一部または全部を引用する場合は、出典として「JPRSI(環境インフラ海外展開プラットフォーム)ウェブサイト」と明示してください。
ⅰ 冒頭写真:新興ミドル層向けマンション建設が進むダッカ中心部
ⅱ 【シリーズ】バングラデシュ 課題大国はビジネスチャンスの宝庫となるか?
「気候変動フロンティア」へようこそ(2025.10)
https://jprsi.go.jp/ja/voice/r7_voice_14
ⅲ Bangladesh National Determined Contribution (NDC), September 2025, United Nations:
https://unfccc.int/sites/default/files/2025-09/Bangladesh%20Third%20Nationally%20Determined%20Contribution%20%28NDC%203.0%29.pdf
ⅳ 【有識者に聞く】気候変動と人権問題の関連性とは?「公正な移行」の重要性(1/2)
https://ondankataisaku.env.go.jp/carbon_neutral/topics/feature-09.html
ⅴ IMF World Economic Outlook Database
https://www.imf.org/en/publications/sprolls/world-economic-outlook-databases
ⅵ JICAは2000年より『クリーンダッカ・プロジェクト』を通じ、ダッカ市のゴミ削減に取り組み、社会変容まで実現する非常に大きな成果を挙げてきたことは、言及しておきたい
https://www.jica.go.jp/jica_ri/publication/projecthistory/ph_17.html
ⅶ メタンは、発生量こそ世界の温暖化ガスのシェア18%、二酸化炭素(同76%)に比べると少ないが、温室効果は二酸化炭素の28倍あるため、JCMの削減対象となっている
ⅷ バングラデシュ国内に約8,000基あるとされるレンガ炉が、農村で利用される固形バイオマスと並び、国内の大気汚染の二大汚染源とされている。レンガ炉に係る問題点および解決策は、スタンフォード大学等のチームによる研究に詳しい。本稿では日本企業の環境ビジネス参画に焦点を当てているため、レンガ炉についての論考は割愛する:Reducing emissions and air pollution from informal brick kilns: Evidence from Bangladesh (Science, Vol 388, 2025)
ⅸ Ahmed S, Chowdhury MAH, Kader SB, Shahriar MH, Begum BA, Eunus M, Sarwar G, Islam T, Alam DS, Parvez F, Raqib R, Ahsan H, Yunus M.
Personal exposure to household air pollution and lung function in rural Bangladesh: A population-based cross-sectional study. Int J Environ Health Res. 2024 Jan;34(1):385-397.
https://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/36436222/
ⅹ State of Global Air
https://www.stateofglobalair.org/ 国別インタラクティブ・データより





